| 個人 | 団体※1人につき 20人以上 |
|
|---|---|---|
| 一般 | 750円(650円) | 600円 |
| 静岡市内居住 70歳以上の方 高校生・大学生 |
520円(450円) | 410円 |
| 小学生・中学生 | 180円(150円) | 150円 |
| 個人 | 団体※1人につき 20人以上 |
|
|---|---|---|
| 一般 | 150円 | 120円 |
| 静岡市内居住 70歳以上の方 高校生・大学生 |
100円 | 80円 |
| 小学生・中学生 | 30円 | 30円 |
| 静岡市内居住・通学の小中学生、未就学児は無料 |
|---|
※展示資料に関係のある人物を中心に作成し、一部省略をしています。
※「┃」は血縁関係を「║」は養子関係を示しています。「┇」は、中間人物を略した表示です。
明治時代に静岡藩主となった家達は、御三卿のひとつ田安徳川家の出身です。8代将軍吉宗の子宗武に始まり、徳川将軍家を支えた田安徳川家に伝わる史料は、これまでほとんど世の中に出ることなく大切に守られてきました。歴代当主が伝えた書画や古文書等から知られざる名家の姿に迫ります。
田安徳川家の歴史は、8代将軍吉宗の時代に始まります。吉宗の次男の宗武は享保14(1729)年に元服し、享保16年には江戸城田安門内の屋敷を与えられました。屋敷の位置から、宗武を初代とする家は田安徳川家と呼称されるようになります。
葵紋長棹(個人蔵 当館寄託)
田安徳川家の歴代の当主は、公卿とよばれる「従三位」以上の官位を与えられました。2代当主治察が亡くなると、田安徳川家はしばらくの間、当主不在の「明屋形」となりますが、天明7(1787)年には3代当主に一橋徳川家2代治済の子斉匡が、4代当主には11代将軍家斉(斉匡の兄)の子斉荘が迎え入れられるなど、徳川諸家とも関係を結びながら徳川将軍家を支える家格と役割は継承されました。
兼任右衛門督口宣案(田安徳川宗武あて)(個人蔵 当館寄託)
田安徳川家にとって、冠婚葬祭や年中行事も徳川将軍家を支える大切な役割でした。婚姻により代々宮家や摂関家との縁戚関係が続けられ、江戸幕府の基盤を安定させる、一つの要因となりました。また、越前福井藩の松平家の養子となった松平慶永(春嶽)から返納された遺品や、斉匡の妻の貞子(無量院)が亡くなった際の奥女中や親類縁者への形見分けの記録などからは、家内における人びとの交流の様子も偲ばれます。
惇宗院斉匡御遺物諸品(爪磨)(個人蔵 当館寄託)
宗武は父吉宗に倣い、幼少より文武・学芸の研鑽を重ねた人物でした。その気風は歴代当主にも受け継がれており、3代斉匡もまた、文化面で多くの功績を残しました。田安徳川家には勝海舟などの縁ある人物から贈られた書画や大久保一翁を介して刀剣を有栖川宮へ献上した記録も残されています。
田安徳川斉匡筆「花鳥図」(牡丹孔雀図)(個人蔵 当館寄託)
明治維新期、田安徳川家7代当主家達は、徳川宗家へ入り静岡藩主となった後、駿府城三ノ丸の元城代屋敷(現静岡市歴史博物館)と、そこから移って静岡浅間神社神主の屋敷(現西草深公園)に居住し、静岡で幼少期を過ごしました。田安徳川家は明治時代以降、伯爵家として国を支えながら家を守り継ぎ、今日にも継承されています。
徳川達孝家督沙汰書(個人蔵 当館寄託)
旧田安徳川家領にあり、田安徳川家の後継となる男子の誕生が祈願されたという妙了寺(山梨県南アルプス市上市之瀬)に伝来する、家達が幼い頃に使用したとされる張子の玩具を展示します。
御三卿田安徳川家御用 亀之助(家達)玩具(妙了寺)
※展示は鳥(前列左)、鞠(後列右)、槌(前列右)のみ
田安徳川家ご出身の松方冬子氏をお招きしてご講演いただきます。
また、当館館長を交えたトークセッションを通じ、田安徳川家の歴史とその姿に迫ります。
松方 冬子氏
大石 学明治維新期に静岡藩主となった徳川家達は、田安徳川家の出身でした。学芸員の案内でゆかりの地を巡ります。
≫ イベントページはこちら
会場:1階市民活動スペース 申込不要・参加無料
静岡藩主となった家達は最初この場所に住みました。
元城代屋敷に住んでいた家達は、のちに静岡浅間神社の神主の屋敷に転居しました。
紺屋町(静岡市葵区)の元代官屋敷に住んでいた慶喜はその後西草深に転居しました。
家達を藩主として成立した静岡藩の学校で、幼い家達もここで学びました。
西草深(静岡市葵区)の家達屋敷にあった門は、静岡市立高等学校の敷地内に移設されています。
※見学希望の場合は、事前に静岡市立高等学校までご連絡をお願いいたします。
